立憲民主党という名の新党の意義

新党の代表に圧倒的な票差で枝野幸男氏が選ばれ、政党名「立憲民主党」で合流新党がスタートします。代表も党名も変わらないので、まったく「新しい」というイメージはありません。

しかし、表面的な変化はありませんが、内実では大きな変化があります。まず「旧・立憲民主党」は衆参あわせて88人の国会議員でしたが、「新・立憲民主党」は149人に増えました。国会議員が61人増えて、より強力な野党第一党になりました。

次に「新・立憲民主党」は、政策的にもリベラル勢力から中道勢力までを包含する政党になりました。本気で政権を獲得しようとすれば、小さな差異は棚上げにして、大きな方向性は一致させながら、共通の大義を掲げて、選挙戦に臨む必要があります。新しい「立憲民主党」は、政策の幅が広がり、より広範な支持をめざしやすくなりました。

自民党総裁選はすでに結果が明らかです。次の首相は菅官房長官ということになりそうです。菅総理になったら「自助、共助、公助」をモットーにしつつも、基本的に安倍政治の継続ということなります。

菅官房長官は、安倍内閣の大番頭であり、官邸一極集中で「政と官」の関係をゆがめた張本人です。忖度、隠ぺい、改ざんの安倍政治を踏襲する菅政権であれば、対立軸を明確にしやすいため、野党にとっては戦いやすい相手といえます。

菅氏は「自助、共助、公助」というスローガンを訴えていますが、枝野代表は「政治家が自助と言ってはいけない。責任放棄だ。」と批判しています。菅氏の発想は、政府の役割である「公助」を軽視して、「なるべく政府を頼るな」という文脈で「自助」という言葉を使っているのでしょう。

新自由主義者(市場原理主義者)は、「自助」とか「自己責任」という言葉を好みます。米国政治の文脈でいえば、リバタリアン的なトランプ支持者と同じ政治哲学です。もちろん「自助」だけで何とかなる人よいでしょう。しかし、そうでないのが人生です。

枝野代表は、「自助や共助ではどうにもならない時が人生にはある。政治の役割は公助だ。」と言います。枝野代表と自民党の次期総裁の菅官房長官は、政治哲学では真逆の立場といえるでしょう。

次の衆議院選挙は、自民党の菅総裁の「自助」優先の新自由主義的路線を選ぶのか、それとも枝野代表のいう「公助」により「助け合う社会」をめざすのか、どちらの道を選ぶのかの選択です。「苦労人」とか「たたき上げ」といった上っ面のイメージで次の首相を選ぶのではなく、政治の大きな方向性や哲学で選ぶべきだと思います。