若手経産官僚の不祥事に思うこと

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政府不信は世界共通の現象です。例外は北欧諸国ですが、北欧諸国でさえ政府不信が最近広がりつつあると言われています。いわゆる「政府不信」は「政治家不信」と「官僚不信」に因数分解できるかもしれません(政治家不信 + 官僚不信 = 政府不信)。

この1年で自民党の大臣経験者が3人も「政治とカネ」問題で衆議院議員を辞職したことを考えても「政治家不信」は当然です。また最近の若手経産官僚の相次ぐ不祥事は言語道断であり、弁解の余地がありません。

しかし、だからと言って「すべての政治家と官僚は腐敗している」と決めつけるのは危険であると、ノーベル経済学賞を受賞したアビジット・V・バナジー、エステル・デュフロは言います。

昨今では、官僚や政治家は無能だとか金に汚いと決めつけるのが大流行であり、それには経済学者もかなり責任がある。しかしこうした風潮は百害あって一利無しである。

第一に、そのようなイメージが定着すると、人々はいかなる政府介入にも反射的に猛反対するようになる。政府の介入があきらかに必要な場合であっても、だ。

コロナ禍でわかったことは、目先の効率性や費用対効果を絶対視して、保健所を削減したり、公的医療機関を統廃合したりすると、イザという時の危機対応に支障があるということでした。最近では「冗長性」とか「レジリエンス」とか色んな言い方をしますが、公的サービスの供給には一定の余裕がないと緊急時に困ったことになります。

新自由主義的な「小さな政府」路線は、公務員を減らし、公的サービスを外注化・民営化し、歳出を削減してきたため、政府の介入能力が低下しました。行政が人手不足になった結果、電通やパソナの子会社に高いお金を払って、持続化給付金支払い事務等を外注せざるを得なくなったわけです。民間の方が効率的かと言えば、必ずしもそうではありません。人件費をピンハネして、低品質のサービスになっている例もあります。

コロナ危機や自然災害などの危機にあたっては政府の介入は必要なケースが多く、そのためには機能する政府が求められます。政府介入を一律に否定し、政府の歳出を減らし続ければ、真に必要な時に公的サービスを受けられなくなります。

第二に、政府で働こうと志す人が減ってしまう。政府がうまく機能するためには、優秀な人材が欠かせない。だがアメリカでは政府の評判があまりに悪いため、有能な若者は官僚になりたがらない。私たちが教えている学部の四年生でも、政府機関に就職するという学生はいまのところ皆無である。これは悪循環につながりかねない。政府に優秀な人材が集まらなければ、政府はますます非効率になり、高級官僚の社会的地位は下がり、優秀な人材はますます寄り付かなくなるだろう。

ここで言う「私たちが教えている学部」はマサチューセッツ工科大学で、米国を代表する一流校です。一流大学の学生がだれも官僚になりたがらないのでは、政府の人材の質が低下し、政府機能はますます弱体化します。悪循環です。

まともな神経の人は、尊敬できない仕事を志望しません。世間の人が「政治家や官僚はみんな腐敗している」と決めつけて非難すれば、まともな人は政治家や官僚になりません。まともな人に政治家や官僚になってもらうためには、一律に「政治家や官僚はロクでもない人間だ」というステレオタイプ思考をやめる必要があります。

私の知っている官僚のなかには、立派な人もたくさんいます。キャリア官僚のなかには、本当に頭のよい人がいます。民間企業で働く大学の同級生に比べれば、安い給料で働いている官僚が大半です。国家・国民のために真剣に働いている官僚もたくさんいます。

官僚の不祥事は大きなニュースになります。しかし、まじめに働いている官僚のことが報道されることはほとんどありません。問題を起こすと注目されますが、問題を解決してもメディアが注目してくれることは稀です。官僚不祥事は異常な事例だからメディアが大きく報道するのであって、まじめに働く大多数の官僚のことはメディアが報じないので国民は知る機会がありません。

最近はアメリカ同様に日本でも優秀な人材が官僚を目指さなくなったと言われています。外資系のコンサルティング会社や金融機関、ベンチャー企業に就職した方が、金銭的報酬は良いでしょう。それでも官僚を目指してくれる若者は貴重です。経産省で不祥事を起こした若手官僚は一部の例外だと思いたいです。

いまの日本と世界が抱えるもっとも重要な課題に取り組んでいる組織は、厚生労働省、外務省、文部科学省、環境省などの役所だと思います。企業やNPOも重要な役割を果たしていますが、予算や組織力、法律や制度を構築する力などを考えると、引き続き国家や地方自治体の役割は重要です。コロナ危機に際して緊急に何十兆円という予算を支出できるのは政府だけです。

政府に優秀な人材が集まらないのは不幸なことで、日本の国益に反します。優秀な若者にはぜひ官僚を目指してほしいので、官僚を無条件に非難するのはやめなくてはならないと思います。そして時には成果をあげている官僚を顕彰する制度があってもいいかもしれません。官僚は引退すると「叙勲」という名の顕彰制度がありますが、現職でも顕彰制度があってもいいかもしれません。プロ野球のMVPみたいに。

*参考文献:アビジット・V・バナジー、エステル・デュフロ 2020年「絶望を希望に変える経済学」日経BP

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