立憲民主党

ジェフリー・アーチャー「めざせダウニング街10番地」を読み返す

2022年1月12日
日々の雑感、書評

年末年始のお休み中にジェフリー・アーチャー著「めざせダウニング街10番地」を読み返しました。書名の「ダウニング街10番地」はイギリスの首相官邸の所在地です。首相をめざす下院議員の3人の人生を描いた小説です。

この本は実家の本棚に1冊、東京の家に1冊持っていて、すでに所有していたのに、さらに購入していたことが判明しました。おそらく日本語版で2回読み、原書で1回読んだ本なので、これで読むのは4回目です。

著者のジェフリー・アーチャーは作家ですが、オックスフォード大学卒のインテリで、下院(庶民院)議員を3期務め、保守党の副幹事長をやったかと思えば、詐欺罪で逮捕されて刑務所に入ったりと、いろんな経験を持つユニークな作家です。

ちなみにこの本の原書(イギリス版)では、社会民主党の議員も重要な役割を果たし、主人公が4人です(保守党2人、労働党1人、社会民主党1人)。しかし、アメリカ版は単純化されて、二大政党の保守党と労働党の議員しか出てきません(主人公は3人に減ります)。

二大政党以外の社会民主党が出てくるとアメリカ人にはわかりにくいだろう、という商業的配慮のようです。日本版はアメリカ版の翻訳なので、社会民主党は出てきません。私は原書(イギリス版)をネパールのカトマンズの古本屋で買って読んだので、原書の雰囲気も何となく覚えていますが、イギリス政治に詳しい人にはおもしろいかもしれません。

この本を読むとイギリスの選挙事情や議会の様子がよくわかります。イギリスの人口は日本の約半分ですが、下院議員が650人です。人口比では日本より国会議員の数はだいぶ多めです。議員1人当たり人口は10万人足らずなので、日本の小選挙区よりもかなり有権者数が少ないです。

その結果、イギリスの下院議員選挙は相当な「どぶ板選挙」です。街のパブで有権者とふれ合ったり、地元のサッカースタジアムに行ってわざと目立つ場所で地元チームを応援したりと、イギリス流の選挙区活動がよくわかります。

イギリスでは議員1人あたりの有権者数が少なく、かつ、政党組織がしっかりしていて候補者を支えるので、候補者の経済的負担は少ないです。

本書の登場人物の1人の保守党議員のサイモン・カースレイクが、戸別訪問をしながら、恋人とこんな会話をします。

「アメリカの上院議員が恋人じゃなくてよかったと思うんだね。少なくともこの国では百万長者じゃなくても立候補できる。」

「わたしはむしろ百万長者と結婚したいわ。」

「議員報酬だけだと、百万長者になるには242年ほどかかるよ。」

アメリカの上院議員選挙には莫大な金額がかかることで有名です。かなりのお金持ちか、あるいは、支持団体やスポンサーがいないと、アメリカの国政選挙に出るのは難しいと思います。イギリスの方が「ふつうの市民」が国会議員をめざす環境は整っています。

おもしろいと思ったのは支持者の行動です。興味深いので長いけれど引用します。同じく選挙前の戸別訪問中の会話です。

「おはようございます。ミセス・フォスター。わたしの名前はサイモン・カースレイクといって、あなたの保守党候補者です」

「まあ、お会いできてうれしいですわ。お話ししたいことが山ほどあるんですけど、お入りになってお茶などいかがです?」

「ご親切はありがたいんですが、ミセス・フォスター、これから数日間に回らなくてはならないところがたくさんありましてね」とドアがしまると、サイモンはカードのミセス・フォスターの名前を赤い線で消した。

「どうして彼女が労働党支持だとわかったの?」とエリザベスがきいた。

「とても好意的に見えたわ」

「労働党支持者は他党の候補者をお茶に招いて、時間を無駄にさせるように訓練されている。保守党支持者なら『あなたに投票しますから、ここで時間を無駄にすることはありません』といって、まだどちらとも決めていない家に行かせようとするに決まっているよ」

私自身は、前者の経験はありませんが、後者はときどき経験があります。

他党の支持者がわざわざお茶に招くというのは、日本ではあまりないと思います。イギリス人というのは、庶民レベルでもしたたかです。小さな島国が世界を制覇できたのも納得です。

日本でも熱心な支持者のなかには「うちはこなくても大丈夫だから、それより斜め向かいの家にもあいさつに行きなさい」といった助言してくれる人は時々います。

実際に「私たちは必ず応援するから、忙しいのにうちには来なくていいよ」という言葉が一番ありがたいです。もっとも「来なくていい」と言われても、必ず何度も足を運びます。

この本を読んであらためて思ったのは、イギリス議会がすぐれている点は、実力がないと大臣になれないところです。あたり前のように思えますが、日本ではあたり前ではありません。日本では派閥の推薦や当選回数で大臣を選ぶことがたびたびです。

どうしょうもない答弁しかできない大臣でも役所のペーパーを読んでいれば、なんとか大臣が務まるように「見えます」。しかし、役所のペーパーを読みあげるだけの大臣が、政治的リーダーシップを発揮したり、危機に臨んで英断ができるとは思えません。単なる派閥均衡人事で選ばれたようなポンコツ大臣がたくさんいるのが、日本の政治の弊害のひとつです。

ジェフリー・アーチャーの作品を見ると、イギリスの大臣や閣外大臣(=副大臣のような存在)、政務次官は、とても忙しく、実務に主体的に取り組み、政策に精通しています。答弁能力や政策立案能力がないと大臣にはなれないのがイギリス議会です。ちなみにイギリスでは民間人は大臣になれません。

その結果、下院議員のなかで出世コースの議員とそれ以外の出世の見込みのない議員(=「バック・ベンチャー(議会の後ろの列に座る人の意)」)が、早い時期にハッキリと分かれます。実力主義が徹底しているのが、イギリスの議会の強みであり、日本の議会の悪いところです。

そしてイギリスでも日本でも国会議員なら誰でも一度は大臣をやりたいと思うのは同じです。選挙直後の野党議員の控室では次のような光景が見られるそうです。

再選議員の多くは浮かぬ顔をしていた。ある者は大臣になるチャンスがもう二度とないことを知っていたからである。政治においては、一人の人間がいかに有能であれ、年齢とタイミングという幸運がそのキャリアにおいて重要な役割を演じることを

日本でも同様です。本当に能力のある人が、年齢やタイミング、事故などでチャンスを失ってしまうことはよく起こります。たとえば、岡田克也さんにはいつか総理大臣をやっていただきたいと思っていましたが、しばらく野党暮らしが続くとすれば年齢的に厳しいかもしれません。自民党の谷垣禎一元衆議院議員は、人格と見識の両面ですぐれた政治家だったと思いますが、事故で政治生命を絶たれました。運も実力のうちです。

何度も読んでいると、主なエピソードは憶えているのですが、それでも新しい発見があります。一昔前のイギリス政治を知る上でも、「ダウニング街10番地」はお薦めです。ぜひ!

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