いまこそ先進国の常識「住宅手当」の導入を

先日、web論座に投稿した文章です。ブログでもご紹介させていただきます。論座をご覧になっていない方は、かなり時間をかけて調査して書いた文章ですので、ご一読いただければさいわいです。


 

いまこそ先進国の常識「住宅手当」の導入を

住宅政策は「景気対策」から「社会保障政策」へ。発想を切り替えよう

ほとんどの先進国にある社会保障制度のなかで日本にないのが「住宅手当(家賃補助)」である。OCED加盟国では約30か国で幅広く一般の人を対象にした住宅手当の仕組みがあり、生活費で大きな割合を占める住居費への公的補助が行われている。住宅手当は、所得の再分配機能を果たし、住環境の改善に役立ち、住まいの権利の保障に貢献している。

日本では住宅関連の公的支援として、生活保護の一部の「住宅扶助」と、生活困窮者自立支援制度による「住宅確保給付金」の2つの制度がある。住宅確保給付金は求職活動中の人だけを対象とし、最長9か月という限定的な支援制度である。この2つの制度は、他の先進国の住宅手当と比較して対象者があまりにも限定的である。

所得格差が広がるなかで再分配機能の強化が求められるが、基本的人権である居住権を保障する住宅手当は有効である。本稿では日本型の住宅手当導入の必要性とそのあり方を論じる。

 

人口急増時代と同じ政策でよいのか

現在の日本の住宅政策は、高度経済成長期と同じ発想で、新築住宅の増加を促進している。景気対策として住宅ローン減税がたびたび実施され、住宅の増加という方向性は一貫してきた。2019年度予算をみると、住宅ローン減税が約6,000億円に加え、消費税増税対策として「すまい給付金」拡充に785億円、「次世代住宅ポイント制度」創設に1,300億円を計上している。2019年度だけをとっても約8,000億円の税金が住宅新築の支援に支出されている。こういった住宅新築支援に加え、低金利政策の影響もあり、日本では毎年90万戸以上の新築住宅が建てられている。

しかし、人口減少が進むなかで、人口が急増していた時代と同じ住宅政策でよいのだろうか。住宅をつくり過ぎているのではないだろうか。2018年の住宅・土地統計調査によると、5年前と比べ空き家は3.6%増加して848万9千戸となり、空き家率は13.6%と過去最高になった。賃貸用住宅の空き家数は432万7千戸である。これだけ家があまっているのに、新築住宅を増やす政策に多額の予算を費やすことが合理的とは思えない。

住宅ローン減税などの住宅新築の支援で恩恵を受けるのは、主に中高所得層である。住宅ローンを組めるのは、正社員や担保のある人が中心であり、非正規雇用や低所得の人は対象になりにくい。比較的めぐまれた家庭を対象とする住宅ローン減税に多額の予算が投入される一方で、賃貸住宅に住んでいる中低所得者層には何の恩恵もない。所得の再分配という観点でいえば、逆進性が高いのが住宅ローン減税である。

住宅ローン減税は、終身雇用の正社員の割合が高く、経済と人口と地価が右肩上がりで、かつ、住宅が不足していた時代には適した制度だったかもしれない。しかし、社会や経済のあり方も大きく変化した今でも住宅ローン減税中心の住宅政策でよいのだろうか。家族のかたちも変わった。生涯独身率が高まり、ひとり親世帯も増え、家の住まわれ方も変化した。「持ち家」にこだわる人も減っている。住宅ローン減税のあり方を見直す時期にきている。

戦後の住宅政策としては、住宅ローン減税の他に、①住宅に困窮する低所得者向けの公営住宅、②都市部の中所得層向けの公団住宅(現UR)、③持ち家増加策としての住宅金融公庫の融資制度の3つが柱であった。1980年代以降、住宅政策は景気対策としての色彩を強め、持ち家建設を中心に推進され、公営住宅の比率は低下した。

そのため欧州諸国に比べて日本の公営住宅は供給量が限られ、低所得者が希望しても入居できないことが多い。公営住宅に入居できた人と入居できなかった人の間の格差が大きく、公平性の観点から問題がある。また、全国に空き家が約850万戸もあり、人口が減少するなかで、公営住宅を積極的に新規建設するよりも、既存の住宅ストックの有効活用を考えた方が合理的といえよう。

2006年の「住生活基本法」、2007年の「住宅確保要配慮者に対する賃貸住宅の供給の促進に関する法律」(通称「住宅セーフティネット法」)により、民間賃貸住宅を活用した住宅セーフティネット制度が創設された。この制度は、低所得者、障がい者、被災者、高齢者、子育て世帯等を「住宅確保要配慮者」と位置づけ、賃貸住宅の供給を促進するものである。

「住宅確保要配慮者」は賃貸住宅への入居を拒否されがちな人たちであるが、大家(賃貸人)に入居を拒否させないことを条件に、耐震化、バリアフリー化等にかかる改修費用の融資や補助を行う制度が2017年に設けられた。しかし、住宅セーフティネット法もカバーできる対象者にも限界があり、それだけで十分とはいえない。

 

より必要なのは、借家に住む人への支援

かつて日本の住宅は「ウサギ小屋」と揶揄されたが、現状では持ち家に限っては他の先進国と比較してさほど遜色のない水準にいたっている。住宅総数6,241万戸のうち居住されている住宅ストックは5,362万戸(空き家率:13.6%)であるが、そのうち持ち家は3,272万戸(61.0%)である。持ち家の平均床面積は119.8㎡であり、欧州諸国の平均床面積と同程度である。

しかし、1,906万戸の借家の平均床面積は46.8㎡であり、欧州諸国の平均床面積と比べかなり狭い。つまり「借家に関してはウサギ小屋」というのが実態に近い比喩である。持ち家に住む人への公的支援よりも、借家に住む人への公的支援の方がより必要性が高いといえる。

フランスの研究では、住まいの狭さや住環境の劣悪さが少子化の原因のひとつであり、住環境の改善が出生率改善につながるとの報告もある。子育て世代に質の良い住環境を保障することは、子育て環境、教育環境の改善という観点からも重要である。

日本の住宅政策は、住宅ローン減税のように新築住宅への支援が中心であり、持ち家のオーナーを増やすための施策に多額の予算を投入してきた。しかし、住環境の改善という観点でいえば、持ち家オーナーを増やす政策よりも、借家の住人への支援の方が差し迫った問題であり、居住権という基本的人権を保障する上でも重要である。

また、日本の住宅政策の特色のひとつは、公営住宅(公的な賃貸住宅)の供給が限られていることである。欧州の福祉国家では住宅政策の柱のひとつが公営住宅の供給であり、住宅ストックに占める公営住宅の割合が高い。しかし、日本の公営住宅は約329万戸であり、住宅全体の約5.4%、賃貸住宅全体の約2割を占めるに過ぎない。公営住宅の平均床面積は、民間の賃貸住宅の平均床面積よりもやや広く、家賃などの条件も民間賃貸住宅よりも公営住宅の方がめぐまれている。しかし、公営住宅の供給量が少ないため、希望しても入居できない人が多い点が問題である。

 

先進国では「ナショナルミニマムの権利」

欧州の多くの国では、住宅手当はナショナルミニマムの権利とみなされ、住宅政策は福祉政策の一部と位置づけられている。イギリス、フランス、ドイツ等の住宅手当は「エンタイトルメント政策」とされ、所得・世帯要件を満たす者は必ず得られる権利とされる。また、欧州諸国では公営住宅の比率も高く、住宅セーフティネット政策が伝統的に重視されてきたといえる。

住宅手当の支給規模がもっとも大きいのはイギリスであるが、ユニバーサルクレジットと呼ばれる給付制度に住宅手当が統合される以前は、GDPの1.1%を住居手当の支給にあてていた。2012年のデータによると、イギリスの住宅手当の受給世帯比率は17.6%にのぼり、月額平均で約43,300円の家賃補助を行っていた。

その他の主要国の2012年データを見ると、アメリカは受給世帯比率は2.8%で月額平均で約52,000円の家賃補助、フランスは受給世帯比率は24.0%で月額23,700円の家賃補助、ドイツは受給世帯比率2.2%で月額14,400円の家賃補助となる。住宅手当の支出は、イギリスとフランスが突出して多いのが特徴的であるが、国ごとのばらつきが大きい。そのため平均値はあまりあてにならないが、あえていうなら住宅手当支給費の対GDP比は0.4%前後という国がやや多い。

住宅手当については、負の影響もある。たとえば、住宅手当による補てんが期待されると、受給者が低家賃の住宅を探す意欲をなくし、より高い家賃の住宅を安易に選択する可能性がある。それにより市場家賃の上昇を招くことが懸念されるため、住宅手当の認定に際して、家賃上限額、給付上限額、不合理に広い住宅や過度に高額な家賃に関する規制を行っている国もある。フランスでは住宅手当が不動産価格を押し上げているという批判もある。しかしながら人口減少のトレンドが続く日本では、住宅手当の導入による不動産価格の上昇を気にする必要は少ないと思われる。

 

「日本型住宅手当」の対象者は

以上の事情を考えると日本でも社会保障制度のひとつとして「住宅手当」を導入し、住環境の改善や所得再分配による格差是正をめざすべきである。日本にふさわしい住宅手当はどのようなものになるだろうか。

まず生活保護の住宅扶助の受給者は住宅手当の対象となる。平成29年度のデータでは約140万世帯(被保護人数:約182万人)が住宅扶助を受けている。生活保護に関しては、生活扶助、住宅扶助、医療扶助、教育扶助などの支援をフルパッケージで受給できる人と、それらをまったく受給できない人とのギャップがあまりにも大きい。本当は住宅扶助だけ受給できれば何とか暮らしていける人も、現行の生活保護制度では支援対象からもれてしまうことがある。あるいは逆に住宅扶助だけで何とかなる人も、生活扶助や医療扶助をセットで受給できるため過剰な支援になってしまうケースもあり得る。生活保護のなかの各種扶助を切り出して「単給化」する必要性は以前から議論されてきたが、住宅扶助を生活保護から切り出して住宅手当に統合することで、生活保護受給者の人数を減らし、かつ、「生活保護受給者」というスティグマを軽減させることが可能になる。

次に住宅手当の対象者として想定されるのは、住民税非課税世帯である。全国の住民税世帯非課税の対象者は約3,100万人と推計される。「住民税世帯非課税」であり、かつ、「借家に住んでいて」、かつ、「生活保護を受給していない」人、というデータは残念ながら存在しない。したがって、推測するしかない。国民の約4割が借家に住んでいるが、住民税非課税世帯はそれよりも高い割合で借家に住んでいると推測される。また住民税非課税世帯は一人暮らしの割合も高いと推測される。そのため住民税世帯非課税かつ借家住まいという条件の該当者を仮に1,500万人とし、世帯数を800万世帯と仮定する。

さらに日本型の住宅手当は、大学や専門学校に進学するために親元を離れて生活する学生の家賃補助も対象にすべきである。地方では大学や専門学校の数も少なく、学びたい学科や学部が地元で見つからないことも多いだろう。東京や大阪などの大都市であれば親元から大学などに通学できるが、地方の若者にとっては下宿代の負担が大学選択の制約になり、進学を断念せざるを得ない例も多いと思われる。

大都市と地方との間に高等教育における選択機会の格差が存在することは望ましくなく、すべての若者が地理的制約で大学進学を断念しなくてよい環境を整える必要がある。文部科学省のデータによれば、親元を離れて生活している学生(大学生、大学院生、短期大学生、専門学校生)は約142万人と推計されるが、学生のほとんどは独身であると思われ、対象世帯数としては140万世帯程度とみてよいだろう。

以上のように生活保護の生活扶助対象世帯の140万世帯、住民税世帯非課税の推定800万世帯、下宿している学生の約140万世帯をあわせて、約1,100万世帯が住宅手当の対象となる。

 

2.7兆円の財源で月額2万円を支給

生活保護の住宅扶助にかかっている予算が平成31年度(令和元年度)で4,726億円であり、これは住宅手当が創設されても引き続き必要である。生活保護の住宅扶助対象者の140万世帯は従来通りの支援を受けてしかるべきである。

次に新たに住宅手当の対象になる住民税世帯非課税の800万世帯と下宿生の140万世帯には、フランスとドイツの住宅手当の中間程度の月額2万円(年間24万円)の住宅手当を支給すると仮定すれば、あらたに約2兆2560億円の財源が必要になる。生活保護の住宅扶助費とあわせて、日本型の住宅手当は約2.7兆円になる。

約2.7兆円の住宅手当はGDP比で0.5%程度となり、英仏に比べれば少ないが、先進国の平均と大差ないレベルである。また、予算増加分の約2兆2560億円の財源の一部は、住宅ローン減税にあてている8,000億円の一部を充当できる。さらに2019年度の社会保障給付額の総計が123.7兆円であることを考えれば、住宅手当の2.7兆円は法外な金額とは思えない。

住宅手当という名の月2万円の家賃補助は、ひとり親世帯、低年金の高齢者、遠方への進学を断念せざるを得ない学生など、多くの人の生活を支えるセーフティネットとなる。人口も経済も拡大していた時代の新築住宅を増やす住宅政策から、セーフティネットとしての住宅政策へと転換を図る時期である。景気対策や建設政策としての住宅政策から、社会保障政策としての住宅政策へのシフトが求められている。