日独の科学政策:首相のちがい

西川伸一さんという方が書いた「ドイツ科学の卓越性の秘密」という記事がとても興味深かったので、ご紹介します。

https://news.yahoo.co.jp/byline/nishikawashinichi/20170910-00075571/

ざっと要約すると;

1)安倍首相の科学政策についての考えは間違い。日本の科学の未来は暗い。

2)メルケル首相のもとでドイツの科学技術政策は大成功。国際的評価も急上昇。

3)日独のちがいは、「すぐに役立つ職業教育を重視する日本」に対し、「すぐに役立たない理論的学術研究を重視するドイツ」のちがいに起因する。

安倍首相はOECD閣僚理事会でこんな恥ずかしいことを言ったそうです。

日本では、みんな横並び、単線型の教育ばかりを行ってきました。小学校6年、中学校3年、高校3年の後、理系学生の半分以上が、工学部の研究室に入る。こればかりを繰り返してきたのです。そうしたモノカルチャー型の高等教育では、斬新な発想は生まれません。

だからこそ、私は、教育改革を進めています。学術研究を深めるのではなく、もっと社会のニーズを見据えた、もっと実践的な、職業教育を行う。そうした新しい枠組みを、高等教育に取り組みたいと考えています。

この記事の執筆者の西川氏は、安倍首相の発言に対し、次のように述べます。

まともな科学者なら、これを読んだらこの国の科学はおしまいだと思うだろう。もちろん原稿は、優秀な内閣府の官僚が書いたのだと思う。知識をひけらかす才気紛々とした原稿だ。しかし、「Rather than deepening academic research that is highly theoretical(極めて理論的な学術研究を深めるのではなく)」といったフレーズを平気で使える官僚が日本の高等教育政策を担っているのかと思うと暗澹たる気持ちになる。

この単線型の教育制度のもとで高度経済成長を達成し、技術大国になり、ノーベル賞受賞者も多数輩出しました。そんなに否定すべきモデルだとは思いません。もちろん現状のままでよいとは思いませんが、安倍政権が示す「改革案」はより状況を悪化させます。

安倍政権は、国立大学の人文科学系学部や教員養成学部を削減しようとしたり、人文系リベラルアーツを敵視したりしているのは前から知っていました。しかし、科学政策に関しても、トンチンカンな政策を採用しているのは知りませんでした。戦前の軍部や安倍政権は、理工系にやさしいと思っていましたが、私の勘違いでした。

ちなみにドイツの科学技術への投資は日本より少ないそうですが、それでも論文の引用レベルを示す指標などではアメリカと肩を並べるレベルだそうです。英タイムズ社の大学ランキング200位以内には、日本の大学は2校しか入っていないのに対して、ドイツの大学は22校がランクインしているそうです。ちなみにドイツの2005年の200位以内の大学は9校だったので、この10年で大学ランキングの順位を急速に上げていることがわかります。ドイツの科学政策や高等教育政策が成功しているのは、メルケル首相のおかげという評価だそうです。

メルケル首相は物理学の博士号を持つ研究者でもあります。そういう点ではメルケル首相が科学政策に強いのは当然です。首相自身が博士号を持っていなくても別に構いませんが、その代わり高等教育政策や科学政策に詳しいアドバイザーやスタッフの助言に従う必要があります。しかし、どうも安倍首相のまわりには経済産業省の官僚や経済界の人物が多く、学術研究を軽視する一方で、すぐに役立つ技術教育を重視する傾向があるようです。ひょっとすると安倍首相の周辺で教育関係者といえるのは、加計学園の理事長くらいしかいないのかもしれません。安倍政権の教育改革はろくなもんじゃないです。

安倍政権の「教育再生」とは、戦前復帰型のイデオロギー教育と教養軽視の職業教育偏重の「教育改悪」に他なりません。知識経済・知識社会といわれる時代に安倍首相のような反知性主義者をトップに選んだ日本は不幸です。

池上彰さんは、教養やリベラルアーツの重要性を指摘して次のように言います。

大学で役に立つことを学んでも、その知識はすぐに陳腐化します。「すぐに役に立つことは、すぐに役に立たなくなる」との言葉もあります。常に学び続けていなければなりません。と同時に、「すぐには役に立たないこと」を学んでおけば、「ずっと役に立つ」のではないないかとも思うのです。これが、「リベラルアーツ」という考え方です。教養と言い換えてもいいでしょう。

技術教育のように「すぐに役立つこと」も大切ですが、少なくとも大学教育においては「すぐには役に立たないこと」も大切です。「すぐには役に立たない」リベラルアーツや教養という要素は、大学教育では欠かせません。また、「すぐには役に立たない」科学の基礎研究も、長い目でみれば割に合うものだと思います。

メルケル首相と安倍首相のちがいは、まともに勉強してきた人かどうかのちがいだと思います。あるいは、親やお祖父さんの七光りで首相になった人と、自らの実力だけで首相に上りつめた人のちがいかもしれません。いずれにしてもメルケル首相とは比べようもないことは明白です。ドイツのメルケル首相は続投の可能性が高いようですが、そろそろ日本の首相を取り換える時期だと思います。科学と大学教育を守るためにも。