民主主義と教育「自由のための計画」

今日は憲法記念日です。安倍総理がヘンテコな憲法改正をもくろんでいますが、それ以前に今の政治状況は、民主主義の危機だと思います。国会で財務省の役人がウソの答弁をする。決裁文書が改ざんされる。防衛省が日報を隠す。自民党の陣笠議員が、文科省の前事務次官の講演にまで介入する。こんな時だからこそ「民主主義を成り立たせるための要件」について考えてみたいと思います。

民主主義(特に代議制民主主義)は、制度さえ整えれば、すぐに機能するというものではありません。第二次世界大戦前にもっとも民主的だったワイマール憲法下でナチスが台頭した例もあります。新たに独立した国々では、形式的に民主的な制度が整っていても、その運用がうまく行かず、独裁政治や内戦を招いている例も多々あります。

教育学者の中澤渉教授(大阪大学)は、次のように述べます。

代議制民主主義の理念を実現するには、民主主義制度の仕組み、議論の根拠となる情報、議論の的となっている政策の内容などへの理解力や判断力が求められるということだ。その理解力や判断力を体系的に見につけさせるもっとも有力な手段の一つは、学校教育となるだろう。

さらに中澤氏は、民主主義と教育の関係について社会学者のカール・マンハイムの例を引いて述べます。

民主主義の確立と教育は、今から半世紀以上前に、社会学者カール・マンハイムによって問われてきた。(中略)

1930年に、マンハイムはドイツのフランクフルト大学教授に就任した。しかし、その後のナチスの政権奪取があり、ユダヤ系だった彼は、イギリスへの亡命を強いられた。ドイツは当時としてはもっとも先進的で民主的とされる憲法(ワイマール憲法)をもっていた。だが、民主的な仕組みや制度を有していたはずのドイツ国民が成立させたのは、ヒトラーによる最悪の独裁政権であった。マンハイムは、民主主義という仕組みに限界を感じ、悲観的な感情を抱いてイギリスに渡ったのである。

しかし亡命したイギリスでは、大枠として自由を重視する民主主義が存続し、機能していた。そこで彼が目を向けたのは教育である。個人の自由を前提にした民主主義は、制度のフレームワークだけを整えて、放置しておけば成立するわけではない。彼は、その制度と理念をともに理解し、維持に努める人間の養成が重要だと考えたのだ。それを彼は「自由のための計画」とよんだのである。

彼は、民主主義の確立のために教育が不可欠と主張し、1964年、ロンドン大学教育研究所(IOE)の最初の社会学教授となった。残念なことに、翌年、53歳の若さで急逝するが、彼の理念はその後のIOEの運営に引き継がれている。

*参考文献10ページ

教育の価値は、単に経済成長のために「人的資本を高める」ということにとどまりません。民主主義や平和、人権といった社会全体で共有すべき価値を守るためにも教育(特に公教育)は重要です。国民の自由や権利を守るためにも教育は重要であり、イギリスでは公教育において「シチズンシップ教育」ということを重視し、市民として社会に主体的に関わるための教育を行います。日本の道徳教育や愛国心教育とは、だいぶレベルがちがいます。

それにしてもロンドン大学教育研究所(IOE:Institute of Education)は、とても良い理念に基づいた教育をしています。大学の学部別の世界ランキング(イギリスのQuacquarelli Symonds社ランキング)の教育学部部門で世界一というだけではなく、教育理念も素晴らしいです。衆議院議員になる前にIOEで教育を受けておいて良かった(というオチでした)。

*参考文献: 中澤渉  2018年 『日本の公教育』 中公新書