国会議員に定年は必要か?

いま自民党内で衆議院比例区の73歳定年制をめぐる議論が行われていると報道されています。他党のことですが、普遍的なテーマなので考えてみたいと思います。

国民の幅広い層を代表する人物が議員に選ばれるべきだと思うので、若い議員も中年の議員も高齢の議員もバランスよくいた方がよいと私は思います。高齢化社会なので、高齢者の代表の国会議員も一定数はいた方がよいと思います。

人生経験は重要です。高齢者は、子育ても、仕事も、親の介護も経験した人が多いわけで、政治の重要課題に豊富な経験を持っています。私は教育政策を専攻しましたが、実際に自分の子どもの教育に関わってみて新しい発見がたくさんありました。実体験を積み重ねてきた高齢者の知恵は決してバカにできません。

また、これだけ平均寿命と健康寿命が延びると、70歳代、80歳代でも現役バリバリの人がたくさんいます。年齢を重ねると短期記憶や筋力は衰えるかもしれませんが、大局的判断力などは逆に発達するケースもあります。過去の人生経験というデータベースに基づき、直観的に正しい判断に行きつくこともあるでしょう。

今年の米国大統領選を争う二人の候補者はともに70歳代です。トランプ大統領が74歳、ジョー・バイデン元副大統領(民主党候補)は77歳です。しかし、米国では年齢を問題にする議論はあまり聞きません。

米国には1967年に成立した雇用における年齢差別禁止法という法律があり、表立って年齢で差別することは社会的に許されないことも背景にあるかもしれません。

また1984年の大統領選挙では、56歳のモンデール候補が、2期目をめざす73歳のレーガン大統領に対して高齢批判をしたところ、レーガン大統領は次のように切り返しました。

私はこの選挙で年齢問題を取り上げたりはしません。モンデール氏の若さや経験不足を政治利用することはありません。

討論会の会場は笑いに包まれ、相手のモンデール候補まで思わず笑ったそうです。そのユーモアで討論会の雰囲気はレーガン有利に傾いたと言われています。候補者の高齢批判は、米国ではあまり効果がないようです。

米国のロバート・カーライル・バード上院議員は1959年から2010年に92歳で死去するまで議員を務めました。有権者は90歳近い高齢の上院議員を選挙で選んでいたわけです。

英国のチャーチル首相の2回目の首相就任は77歳のときです。西ドイツの戦後復興の土台を固めたコンラート・アデナウアー首相は72歳で就任して14年間の長期政権を担いました。敗戦直後の激動の西ドイツの首相を80歳代半ばまで務めたのは立派です。

個人差はあるでしょうが、「高齢だから政治家は務まらない」とは言い切れません。最終的には有権者の判断にゆだねるのが適当だと私は思います。

もちろん「国会議員だけいい思いをするのはけしからん。公務員の定年と同じくらいの年齢で辞めさせるべきだ」という意見の人もいるでしょう。そもそも国会議員がそんなに良い仕事かどうか疑問ですが、そういう方は高齢の候補者に批判票を投じればよいだけだと思います。

個人的に私は32歳で衆議院議員に初当選し、途中落選したりして政治の良い面も悪い面も経験し、ずっと衆議院議員を続けたいという願望はありません。ただ、やり残したことだらけなので、まだ15~20年くらいはやりたい気持ちはあります。しかし、ある程度の成果を出せたら議員生活に区切りをつけ、NGOの事務局長とか、大学の教員とか、別の仕事に就きたいと思っています。

従って、私自身は70歳、80歳まで衆議院議員を続けたいとは思いません。他方、続けたい人を年齢を理由に差別する気にもなりません。たとえば、初当選が50歳代の人は70~80歳まで続けてもよいと思います。あるいは、選挙区の支持者から「地域のためにぜひ続けて欲しい」という要望が多数あれば続けてよいと思います。

アデナウアー首相のような事例もあるので、長年の人生経験をうまく活用できる人は、高齢になっても衆議院議員を続けてよいと思います(むしろ続けるべきだと思います)。単純に高齢を理由に立候補の取りやめを迫るのは合理的でないと思います。たとえば、ルックスだけで議員を選ぶのが合理的でないのと同じように、年齢だけで議員を選ぶのはおかしいと思います。年齢よりも適性で評価すべきだと思います。

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