SNSは民主主義を弱体化させるドラッグ by マルクス・ガブリエル

人気のドイツ人哲学者のマルクス・ガブリエルは、ソーシャルメディアと民主主義の関係についてこう言います。

アメリカのソーシャルメディアは自由民主主義を弱体化させる危険なドラッグなのです。自由民主主義の失墜とソーシャルメディアの台頭には相関関係があるだけではなく、ソーシャルメディアが民主主義の破滅をもたらす主因だと思っています。

トランプ前大統領のツイッターを見ているとその通りだと思います。ツイッターは、情報発信ツールとしては有用かもしれませんが、政治を語るメディアとしては欠点が多いです。同氏は次のように指摘します。

ソーシャルメディア上ですべきでないこともあります。政治的な議論や、哲学的・科学的議論はすべきではありません。本当の議論にはならないからです。政治的な議論は、もっと時間をかけてすべきものです。書面形式でするか、人と人が対面してすべきです。書面形式とは、本のように、優良な出版社が品質管理できる形式が望ましいという意味であって、検閲するためではありません。ソーシャルメディアではうまくいかないのです。

まったく同感です。ネットメディアで「河野太郎大臣のツイッターのフォロアーが〇〇万人」みたいな話題が取り上げられることがありますが、フォロアー数や「いいね」の数を気にしだすと、より過激なツイート、より安易なツイートが増える可能性があります。政治家はツイッターみたいなメディアにあんまり力を入れない方がよいと思います。「わかりやすい政治」を求めると、短絡的なポピュリズム政治に堕しやすく、不健全だと思います。

またマルクス・ガブリエル氏は、ソーシャルメディアのアルゴリズムはアイデンティティを押し付けると指摘します。たとえば、以前は「嫌韓派」などという言葉もありませんでしたが、インターネットのアルゴリズムで韓国ヘイト的な記事に何度も誘導され、似たような嫌韓ニュースばかり読んでいる人たちがいつしか「嫌韓派」に育ったのだと思います。インターネットのアルゴリズムが、極端な意見を助長し、社会を分断しているのが現状ではないでしょうか。

他にもソーシャルメディアが民主主義を劣化させる経路があります。SNSとインターネットのニュースしか見ない人が増えると、新聞のような伝統的メディアの売り上げが落ちます。すると新聞社やテレビ局は記者を雇えなくなり、ジャーナリストの数が減ります。アビジット・V・バナジーとエステル・デュフロの「絶望を希望に変える経済学」には次のような記述が出てきます。

SNS上でニュースが出回るようになると、信頼性の高いニュースの取材や制作が行われなくなる。フェイクニュースをこしらえるのは実にお手軽だしコストもかからない。しかも経済的見返りは大きい、というのも事実に縛られないので、読者層に好まれる「真実」をいくらでも提供できるからだ。(中略)

ジャーナリストのチームが丹念に取材して報道したニュースが瞬時に他のサイトにカット&ペーストされるとしたら、情報の発信元はどうやって報われるのか。アメリカでこのところジャーナリストの数が減っているのも無理はない。2007年には5万7千人近くいたジャーナリストは、2015年には3万3千人まで落ち込んだ。ジャーナリストの総数も減っているうえに、一紙当たりの記者の数も減っている。正しい情報を伝える「公共空間」の提供を使命とするジャーナリズムを支えてきた経済モデルは、急速に崩壊しつつある。こうして事実にアクセスできないとなれば、人々はますますフェイクニュースにどっぷり浸かることになる。

インターネットやソーシャルメディアの影響により、ニュースの世界の「グレシャムの法則(悪貨は良貨を駆逐する)」がはたらき、民主主義の前提となる良質なジャーナリズムが衰退します。その結果、健全な政策論争の基礎となる情報は劣化します。

ソーシャルメディア(ツイッターやFB)ばかりを見ていると、専門家でも何でもない友人たちの根拠なき感情論に影響を受けることが多くなり、似たような意見が反響し合う「エコーチェンバー現象」にどっぷり浸ります。

自分と似た意見や耳に心地よい意見ばかりに触れて繰り返し聞いていると、視野がますます狭くなり、多様な意見に接する機会が減ってしまいます。インターネット上には情報があふれていますが、アルゴリズムで自動的にカスタマイズされて入ってくる情報は、自分好みの情報ばかりです。偏った見方をする人を増やすのが、インターネットのアルゴリズムです。

私はソーシャルメディアとのつき合いは最小限にしようと心がけています。もともとソーシャルメディアを始めたのは高校の同級生のネットワークに入るためでした。私用ではソーシャルメディアをこれからも活用しますが、公的な目的では限定的に使っています。

政治的な話題に関しては、一方的に発信することを主として、双方向の対話はソーシャルメディアではやらないように心がけています。ソーシャルメディアは、友だちと「最近どう?」みたいなやり取りをするには適しているのですが、政策論争や政治対話を行うのには向きません。直接対面しての対話か、あるいは直接対面に近いZOOM会議のようなお互いに素性のわかる人同士の対話の方が、有意義な対話になると思います。

また、匿名性の高いインターネット上の論争には参加しない方がよいと思っています。早稲田大学の上村達男教授は次のように言います。

早稲田大学法学部長として入学式で「空気を読むな」「匿名の世界に関心を持つな」と言ってきました。匿名の世界は、かなり怪しい空気を生みだすことが多く、その空気に従うことが独立自尊の精神に反するということを申し上げてきました。民主主義の市民や人間に「匿名」というのはないのです。

インターネット上のあやしげな議論では、匿名であるがゆえに根拠のないデマをまき散らしても不利益を被ったり、恥ずかしい思いをしたりせずにすみます。もちろんインターネット上には有益な情報もたくさんありますが、それは出典が明らかで信頼できる組織や専門家が執筆している情報であり、匿名の誰かが発信した情報ではないことが多いと思います。

マルクス・ガブリエル氏の言うように「ソーシャルメディアは民主主義を弱体化させるドラッグ」という側面を忘れずに、ソーシャルメディアやインターネットと賢く慎重につき合うことが大切だと思います。

*参考文献:

マルクス・ガブリエル2021年「つながり過ぎた世界の先に」PHP新書

アビジット・V・バナジー、エステル・デュフロ 2020年「絶望を希望に変える経済学」日本経済新聞出版