人口からみる世界的デフレの終焉

最近、人口と経済について書かれた本を2冊読みました。大学で「人口学」の授業をとって以来、人口に関心を持ち続けてきました。未来予測にあたって人口統計ほど信頼できるデータはありません(とピーター・ドラッカーも言ってました)。

ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)の経済学者で、イングランド銀行(中央銀行)のエコノミストを務めた、チャールズ・グッドハート氏の「人口大逆転」(日経BP)は興味深い本でした。同書は人口動態が世界経済に与える影響をダイナミックに読み解きます。本書の命題をかんたんにまとめると次の通りです。

世界で少子高齢化が進む結果、デフレと経済成長の時代は終わる。世界の人口構成の大逆転が、近い将来にインフレ率と金利の上昇を引き起こす。

アフリカとインドを除けば、世界の人口増加率は大幅に低下しつつあります。高齢者と子どもを意味する依存人口(従属人口)が増えれば、労働人口の割合は低下します。

扶養される人たち(依存人口)は、消費はしますが、生産はしません。労働人口の割合の低下は、生産する量よりも、消費する量が増えることを意味します。その結果、物価を上昇させて、インフレを招きます。

労働人口の減少 ⇒ 生産量より消費量が増える ⇒物の値段が上がる(=インフレ)

という極めてシンプルなロジックです。

著者は、労働人口の減少が、労働者の交渉力を強化し、実質賃金と労働分配率を高めると予想します。それは良いことです。他方、それによりインフレは加速します。それは困ったことです。

しかし、このシンプルなロジックには例外があります。もちろん日本です。世界でもっとも少子高齢化が速く進んだ日本では、インフレどころかデフレが続いています。日本の事例は有力な反証のはずです。

それに関しては、著者は「日本は例外」と論じます。日本で少子高齢化が進んだ時期に、日本企業はアジア諸国に製造拠点を移し、安い労働力を活用しました。アジア諸国では、日本とは逆に労働人口の増加が続いていたため、安い労働力が豊富にありました。そのため日本はインフレではなくデフレに見舞われました。しかし、これからはアジア諸国でも労働人口が急減し、インフレ傾向になるだろう、と著者はいいます。

この本が書かれたのは2020年なので、2022年に始まったウクライナ戦争の影響を踏まえていません。ウクライナ戦争の前からすでにインフレ傾向が表れていましたが、ウクライナ戦争開始後は一気に世界的なインフレが加速しました。同書が予測していたトレンドはさらに加速しました。

インドとアフリカを除けば、経済成長は今後数十年にわたって顕著に停滞、おそらく年率1%ほどに落ち込むと予測される。この点に関しては、日本が先駆者である。日本の成長率は、1999年以降、平均0.87%である。

著者の仮説と予測が正しいとすれば、日本の経済政策が誤っていたせいでデフレに苦しんだわけではなく、日本は世界共通の普遍的な現象をいち早く経験しただけ、ということになります。藻谷浩介さんの「デフレの正体」とだいたい同じ結論といえるかもしれません。

同書のロジックに従えば、労働人口が多い時期は、企業部門の黒字(内部留保)や家計部門の黒字(貯蓄)が多くなります。少子高齢化が進んで労働人口が減少すれば、企業部門と家計部門の黒字は減少して赤字化します。それをバランスするためには、政府部門を赤字から黒字に転換せざるを得ないことになります。歳出削減や増税が避けられなくなるということです。これは難しい問題です。

著者は、過去30~40年のデフレ時代から、今後30年のインフレ時代に移行すると述べます。インフレ時代の敗者は、貯蓄者、年金基金、保険会社、金融資産を主に現金で持っている人たちです。年金の実質価値は下がることになります。高齢者には厳しい時代になります。政府にとっても債務の罠に陥る可能性が高くなり、今後の財政運営はますます厳しくなります。

あまり見たくない未来予想ですが、長期予測において人口動態ほど信頼できるデータはなく、かなり信憑性は高いといえるでしょう。著者の見方は主流派経済学者の見方とは異なりますが、実際にそうなる可能性は高いように思います。ウクライナ情勢を受けた世界的インフレの流れを見てもそう思います。

日本もMMTなどに騙されず、財政の健全化を真剣に考えざるを得ない時期に来ています。ほんとうは二十年前から取り組むべき政策課題だったのは明らかです。右と左のポピュリズム政治家に騙されず、痛みをともなう行財政改革を進めていく必要があります。もちろんその際に弱者にしわ寄せがいかないよう十分な配慮が必要です。さもない排外的なポピュリズム政権を招いてしまう恐れがあります。難しい時代に政治指導者になるのは大変です(政治家を引退してよかったかも)。

*蛇足ながら、もちろん人口だけで経済のトレンドが決まるわけではありません。技術進歩や政策も経済成長に大きな影響を与えます。気候変動などの環境要因も経済に影響を及ぼします。人口だけで経済を語ることはできませんが、それでも人口動態の変化が経済に及ぼす影響はとても大きいと思います。

*参考文献:チャールズ・グッドハート、マノジ・プラタン 2022年 『人口大逆転』 日経BP