トランプ大統領とケネディ大統領の危機対応

イランをめぐる情勢が緊迫しているなか、トランプ大統領がイラン革命防衛隊のソレイマニ司令官を殺害したため、さらに情勢が悪化しています。その後の報復攻撃やウクライナ機撃墜といったニュースも続き、今後も引きつづき心配な状況が続きます。日本にも大きな影響が及びます。

トランプ政権の政策決定はどうなっているのか心配です。トランプ大統領は革命防衛隊の英雄を深い考えなしに殺害したのではないかという疑念がぬぐえません。トランプ大統領が選ぶはずのないオプションを選んでしまって米国防総省が困っている、という報道もあります。

おそらく「アメリカの国務省、国防総省、CIA等の叡智を結集した判断なので何か深い考えがあるはずだ」という常識的観測は、トランプ政権では期待できません。過去の大統領でもそういう事例はたびたびありました。

たとえば、ケネディ政権下で1961年にいわゆる「ピッグス湾事件」がありました。CIAが訓練した亡命キューバ人部隊が、カストロ政権を打倒するためにキューバに侵攻した事件です。CIAが総力をあげて計画を立案したものの、根拠なき楽観論に立ったずさんな作戦計画は完全に失敗しました。

トランプ政権の対イラン強硬策も似たようなものではないかと心配です。単に大統領選挙に向けた実績づくり程度にしか考えていないのではないかと思ってしまいます。ケネディには第二次世界大戦中に海軍士官として従軍した経験があり、かつトランプよりだいぶ知的ですが、それでも軍事作戦では大失敗しました。

ピッグス湾事件でケネディ政権は世界から批判されましたが、そのおかげでケネディ大統領は「CIAの言うことを100%信用したらダメだ」という教訓を学んだと思います。その教訓が後のキューバ・ミサイル危機(1962年10月14日~10月28日)で活きたのだと思います。トランプは危機から学んだことがないため、より危険性が高いと思います。

年末年始にグレアム・アリソンの「決定の本質:キューバ・ミサイル危機の分析(第2版)」を読みました。1971年の初版は名著として知られ、国際政治学、政治学、政策決定論、組織論などの分野の教科書として世界中で使われてきました。1999年に出た第2版はアメリカとソ連(ロシア)で初版出版後に機密指定が解除された公文書の分析を加え、クリントン政権等の事例も追加し、さらに洗練された本になっています。

この本を読むと第三次世界大戦勃発の一歩手前まで行ったキューバ・ミサイル危機が、さまざまな判断ミスや誤解により発生し、最終的には両国首脳の賢明な判断によってからくも危機を脱したことがわかります。アメリカ側でいえば、ケネディ大統領の賢明な判断が戦争を食い止めたといえるでしょう。

ソ連首脳部は、キューバへの核ミサイル持ち込みを淡々と決定しました。ソ連側はアメリカ側があれほど強烈な反応を示すとは予測していませんでした。ベルリン危機のなかで、いわば「軽いノリ」でミサイル持ち込みを決定しています。ソ連がアメリカの出方を見誤ったことがキューバ・ミサイル危機のきっかけでした。

他方、アメリカは危機のわずか1か月前の9月19日の国家情報評価(NIE)で「キューバへのソ連の核ミサイル持ち込みはない」と評価していました。軍やCIAがあらゆる手段で収集した情報を総合しても、キューバへのミサイル持ち込みは予測できませんでした。当初はインテリジェンスに問題がありました。

ソ連もアメリカもお互いに相手の出方を見誤りました。判断ミスの連続がキューバ危機を引き起こしました。もう一歩で核戦争という場面が何度もありました。たとえば、ソ連軍は戦術核兵器(核魚雷他)をキューバに持ち込んでいましたが、アメリカ軍はそのことを知りませんでした。

キューバ危機当初はケネディ政権首脳部のなかでキューバ空爆を主張する意見が多数を占めました。もし空爆を実行していれば、ソ連軍の現地司令官はソ連軍のマニュアル通りに戦術核で反撃していた可能性が高いです。そうなれば核の応酬になります。

しかし、ケネディ政権中枢で空爆実行派が多数を占めていたときに、ケネディ大統領が思いとどまったおかげで空爆は避けられました。日本の空襲作戦を指揮したカーチス・ルメイが当時の空軍参謀総長でした。ルメイは空爆を主張しましたが、ケネディが止めたおかげで第三次世界大戦が避けられたといえるかもしれません。

アメリカ軍は危機の真っ最中も官僚機構特有のきまじめさと愚かさでルーティーン業務を続けました。たとえば、キューバ危機の最中であるにも関わらず、危機発生前から計画していた大陸間弾道弾(ICBM)の発射実験を行い、カリフォルニアの空軍基地から太平洋上の島まで弾道ミサイルを飛ばしました。

何の他意もなく、単に「すでに決まっていた発射実験だから」という理由で発射実験が行われました。誰も注意しなかったのが驚きです。たまたまソ連が気づかなかったからよかったものの、ソ連が「実験」を「実戦」と誤解して核戦争が始まる可能性もありました。優秀な人材がそろっているはずの米空軍でも、危機の最中にそんな愚かなミスをしていました。

第三次世界大戦かつ本格的核戦争の危機を回避できたのは、幸運にも恵まれましたが、米ソ首脳の冷静な判断のおかげでした。冷静な判断ができたのは、トップがきちんとした本を読んで歴史の教訓を学んでいたことが背景にあります。

ケネディ大統領は、第一次世界大戦勃発の過程を描いた「八月の砲声(The Guns of August)」(バーバラ・タックマン、1962年)を読んでいました。私も大昔に読んだので内容はうろ覚えですが、ドイツ皇帝もロシア皇帝もフランスやイギリスの首脳も、何年も総力戦が続く世界大戦を始めるつもりはまったくありませんでした。しかし、動員令により一度動き出した戦争マシーンを誰も止められず、多くの人の意図に反して世界大戦が起きました。

ケネディ大統領だけではなく、当時のNATO軍総司令官も英国のハロルド・マクミラン首相も第一次世界大戦の起源をよく理解していました。ロシア皇帝が総動員令をかけたことがドイツをはじめ各国の総動員令につながり、第一次世界大戦の開戦を決定づけたことを、ケネディもマクミラン首相もNATO総司令官も知っていました。ちょっとしたエスカレーションの連鎖反応が大戦争を引き起こしたという教訓です。米大統領や英首相、軍司令官がこの教訓を知っていたおかげで安易なエスカレーションを防ぐことができました。

分厚い歴史書を読むよりもツイッターにうつつを抜かすトランプ氏のような人物がキューバ危機時の大統領だったら大変なことになり、世界の歴史は変わっていたと思います。

いまのアメリカ政府の強硬策、中東派遣軍の増派などを見ていると心配になります。残念なことにトランプ大統領は「八月の砲声」を読んだことがなさそうな雰囲気です。短絡的で情緒的な判断しかできない人が、アメリカ合衆国大統領の地位にいることは世界にとって大きなリスクです。

そして同じく「八月の砲声」を読んだことがなさそうな雰囲気の日本の首相は、トランプ大統領と仲が良いのがご自慢です。類は友を呼ぶ。日本国の首相には中東危機の最中のお正月休みにゴルフをするよりも「八月の砲声」みたいなまともな本を読んで教訓を学びとってほしいものです。そんな総理の中東歴訪がどれほどの効果があるか疑問です。中東に海上自衛隊の護衛艦を送るのはやめた方がよいと思います。実力以上の外交はできません。背伸びして戦争に巻き込まれるくらいなら余計なことをしないのもひとつの策です。

*参考文献:

1.グレアム・アリソン、フィリップ・ゼリコウ 2016年『決定の本質(第2版)』日経BP社

2.バーバラ・W・タックマン 2004年『八月の砲声』ちくま学芸文庫